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東京地方裁判所 昭和36年(ヨ)2023号 決定 1961年11月17日

決  定

当事者の表示別紙目録記載のとおり。

右当事者間の昭和三六年(ヨ)第二、〇二三号職務執行停止仮処分申請事件につき、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者等の負担とする。

理由

本件申請の要旨、「債務者会社は、ダンボール、原紙等を製造する株式会社であり、債権者等は同会社の従業員であつて総評全パ労連三協紙器労働組合の組合員であるところ、同会社は、昭和三六年七月二六日開催の株主総会において、経営不如意を理由に解散を決議し、債務者塩沢正、同長尾章、同高橋貞次郎を清算人に選任する旨決議した。然し同会社の企業成績は順調に上昇しているから経営不振ということは考えられず、右の解散決議は、真実は、総評加盟の前記組合を嫌悪し、債権者等全従業員を解雇して組合を壊滅させる意図のもとになされたものであると断ぜざるを得ない。従つて右解散決議は、憲法第二八条、労働組合法第七条第一号、第三号に違反した不当労働行為であつて、民法第九〇条により公序良俗に違反する無効の決議というべく、ひいてこれを前提とする清算人選任決議を生ずるに由ないものである。よつて、債権者らは債務者会社を相手として右解散決議ならびに清算人選任決議の無効確認の訴を提起しようとしているものであるが、これ以上清算事務が進行し債務者会社の財産が処分されては、会社の事業続行が不能となり、債権者等は事実上退職を余儀なくされるから、ここに取りあえず、右清算人等の職務執行停止の仮処分を求める。」というのである。

一般に、株主および取締役以外の第三者が株主総会決議無効確認の訴を提起することができるかどうかについては争があるが、これを肯定する立場からしても、右の第三者の範囲は必ずしも無制限ではなく、それは当該決議につき法律上の利害関係を有し、その決議の効力を否定することにより自己の権利が擁護される関係にある者でなければならない、とすることについては異説あるを見ない。そして、これはいわゆる「利益なければ訴権なし」とする当然の帰結でもあり、また、この理は会社の解散決議無効確認の訴においても同様である。ところで、会社の解散は直接には会社人格の消滅を目的とするものであつて、それ自体は何人の権利をも侵害するものではない。もとよりこの場合は、通常企業の消滅を伴うから、従業員がその職を失うことのあることは事実であるが、これは単に事実上の効果にすぎず、これがために従業員の権利を侵害するという問題は生じない。のみならず、会社は解散後ともいえども、あるいは会社の継続によりあるいは合併等により企業の維持をはかることもありうるのであつて、解散自体は必ずしも必然的に企業の消滅と結づつくものと速断することもできないものである。

問題は、従業員を解雇して労働組合を壊滅させる意図の下になされる解散決議の場合である。この場合には解散決議は企業廃止の自由の濫用となり憲法第二八条、労働組合法第七条第一号、第三号に該当し民法第九〇条によつて無効となるとする説がある。この見解によるときは、解散決議自体が不当労働行為となるのであるから、従業員はその効力を否定することにつき法律上の利益を有し、当該決議の無効確認を求める適格を有することとなるであろう。

しかし、この説は解散を即企業の廃止と独断する誤りを犯している。上に述べたとおり、解散は常に必然的に企業の廃止を伴うものではないからである。のみならず、解散は元来直接には会社人格の消滅を目的とするものであつて、企業の廃止はたんにその結果たる事実にすぎない。(この意味において、企業の廃止という用語は必ずしも妥当ではなく、むしろ企業の消滅という語を用いるを適当とする。)このような会社人格の消滅による企業の消滅は、あたかも企業主たる自然人の死による企業の消滅に照応し、本年不可避的な結末と認めざるをえないものである。もとより、自然人の死が一の事実であるに反し、会社の解散が一の行為であることの差異はこれを認めざるをえない。しかし、人格の消滅はそれが一の事実によると一の行為によるとを問わず、元来法の干渉の外にあることがらであつて、これにより企業消滅の結果をきたすことは、いわばやむをえない必要悪としてこれを放任せざるをえないものである。

のみならず、企業主がその企業を廃止すること自体、職業選択の自由の一環としてその自由が認められるものであり(憲法第二二条)、その自由は、その動機が従業員を解雇して労働組合を壊滅せしむるにあるからといつて制約さるべき根拠はない。もし、これを反対に解するときは、企業主が全く経営意欲を失つたにかかわらず企業の維持を強制されることとなり、かえつて個人の自由を束縛する結果となるであろう。それ故に、従業員を解雇して労働組合を壊滅させる意図でなされる企業の廃止を禁止し、企業主の意思に反してもなお企業の維持をはかつて従業員ないし労働組合を保護すべき必要があるとするときは企業経営者の交替をはかる等の措置を講じて企業の維持をはかることともに、企業主を当該企業より解放する配意を示すべきを当然とし、法がこの点につき何らの措置を講じていないことは、法に企業廃止の自由を制限する意図のないことを示す根拠を提供するものというべきである。

そもそも、不当労働行為は企業の存在を前提としてはじめて問題となる事項であつて、企業の廃止ないし企業主の人格の消滅を目的とする行為は、不当労働行為以前の問題であると認むべきものである。このことは、不当労働行為の禁圧が企業内における労働者の組合活動の自由を確保して企業における労使対等の原則を維持しようとするものであることからいつて当然のことである。それ故に、企業の廃止ないしこれに到達する前提として会社の解散がかりにその動機において不当労働行為意思を蔵するとしても、企業の廃止ないし会社の解散自体については不当労働行為の問題を生ずる余地はないものといわなければならない。ただ、この場合注意しなければならないことは、会社の解散を理由とする従業員の解雇が不当労働行為になるかどうかは、解散の効力とは関係がないということである。

会社が真実企業を廃止する意思がないにかかわらず、従業員を解雇して労働組合を消滅させるため解散を偽装し、これに藉口して従業員を解雇した場合には、その解雇は疑もなく不当労働行為を構成する。かりに、この場合の解散が偽装でなくとも、不当労働行為意思をもつて清算終了前に従業員を解雇した場合には、なお、その解雇につき不当労働行為の成立を肯定すべき余地がないことはないであろう。しかし、それはいずれも解雇の効力の問題であつて、解散自体の効力の問題ではない。

とすれば、株主総会における解散の決議が不当労働行為に該当して無効であることを理由として、第三者たる従業員はその無効確認を求める資格も利益もこれを有しないものというほかなく、したがつて、本件解散決議無効確認の訴を本案とする清算人の職務執行停止の仮処分申請はそれ自体不適法として却下を免れない。

よつて、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用し主文のとおり決定する。

昭和三六年一一月一七日

東京地方裁判所民事第八部

裁判長裁判官 長谷部 茂 吉

裁判官 伊 東 秀 郎

裁判官 近 藤 和 義

当事者目録

神奈川県横浜市北区篠原町七三

債権者佐藤千春ほか七六名

東京都港区芝西久保巴町三二番地

右債権者代理人弁護士東城守一

同小谷野三郎

同栂野泰二

同草島万三

東京都大田区原町七八番地

債務者株式会社三協紙器製作所

右代表者代表清算人長尾章

同高橋直次郎

同都武蔵野市吉祥寺五四八番地

債務者長尾章

同都大田区原町一〇六番地

債務者塩沢正

千葉県船橋市小栗原町五丁目三一三

債務者高橋直次郎

以上

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